ラッシュを聴く Pt. 1

マイ10大プログレ紹介シリーズ 第6弾

Rushはカナダ出身のトリオであり、北米のプログレシーンの先駆者的存在である。後のプログレッシヴ・メタル勢に大きな影響を与えたことで知られる。

1968年にAlex Lifeson(アレックス・ライフソン)、John Rutsey(ジョン・ラトジー)、Jeff Jones(ジェフ・ジョーンズ)の3人で結成された。すぐにJonesが脱退し、Geddy Lee(ゲディー・リー)が加入することでデビュー当時のメンバーが揃った。

ハード期

1974年にアルバム『Rush』(閃光のラッシュ)でデビュー。これはLed Zeppelinの影響を強く受けたハード・ロックで、非常にエネルギッシュで骨太なサウンドになっている。「Need Some Love」や「In the Mood」のようにシンプルで余計なものが削ぎ落とされたロックンロールや、「Finding My Way」「What You're Doing」「Working Man」のように重厚感と勢いを兼ね備えたハードチューンを収録している。本作リリース直後にRutseyが脱退し、Neil Peart(ニール・パート)が加入。Peartは哲学的な歌詞をバンドにもたらし、以降その歌詞に合わせる形で段階を追うようにプログレッシヴなサウンドになっていく。

翌年には『Fly by Night』(夜間飛行)をリリース。サウンドはまだまだハード・ロックと呼べるサウンドで、若干ではあるがプログレの芽が感じられる。「Anthem」(心の賛美歌)~「Beneath, Between & Behind」のアルバムの前半は前作と同系統のハードロック。「By-Tor & the Snow Dog」(岩山の貂)はバンド初の組曲で、全4部から成る。後半になるとメロディラインが際立った曲が目立ち、シングルカットされたタイトル曲でも、前作よりもポップさが増大しているのが聞き取れる。

同年には『Caress of Steel』(鋼の抱擁)もリリース。これは5曲で45分という大作主義が志向された初めての作品。冒頭の3曲はハードロックを基盤とした小曲であり、特に「Bastille Day」はまさにZepからの影響を強く感じさせる曲になっている。A面の後半を占める「The Necromancer」(新しい日)は12分半の大作で、前作に収録された「By-Tor ~」との関連性も見える。B面を埋めるのは約20分にも及ぶ「The Fountain of Lamneth」(ラムネスの泉)で、後の「2112」や「Cygnus X-1」へと繋がるエピックな仕上がり。

大作志向

ハードロックからプログレッシブ・ロックへの進化を進める中、バンドは1つの転機となる『2112』(西暦2112年)をリリース。前作に引き続いて20分の大作を収録しているが、本作はバンド初のヒットに繋がった。スペーシーなサウンドからも分かる通りのSF曲で、代表曲の1つと認知されている。タイトル曲以外は3分台の小曲で、元来の路線であるハードロック系統が中心になっている。

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ライブ盤を挟んでリリースされた1977年の『A Farewell to Kings』は、前作の高評価を受けてセールスも伸び、チャート順位も上昇。シングルカットされた「Closer to Your Heart」は3分にも満たない短い曲で、美しいイントロからハードロックへと流れ込んでいく。また10分を超える曲を「Xanadu」、「Cygnus X-1 Book I: The Voyage」(シグナス X-1 第1巻 「航海」)と2曲収録。特に後者は「2112」と並んで代表的な大作に数えられ、やはり宇宙的なサウンドが特徴。またこの曲のタイトルに"Book I"と付けたことで続きがあることを示唆しているが、続編の制作に苦労することとなる。

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そして「Cygnus X-1」シリーズの続編が収録されることになった『Hemispheres』(神々の戦い)は、大作主義が目指された最後の作品となった。「Cygnus X-1 Book II: Hemispheres」(シグナス X-1 第2巻 「神々の戦い」)はRush史上最も複雑な展開を見せる曲と言っても過言ではなく、前作では中途半端に終っていたストーリーをきちんと完結まで導いている。各部のタイトルを見れば分かる通りアポロンディオニュソス、つまり理性と感情のせめぎあいという哲学的なテーマが背景にある。

コンパクト志向と多様化

「Cygnus X-1 Book II」を複雑にしすぎたあまり、本人たちも二度とこのような曲は作らないと心に決めた。そしてシングル向きのコンパクトな曲を制作するという目標も相まって、現在までのRushの独自性である“コンパクトかつハイテクニック”を体現した『Permanent Waves』がリリース。このアルバムは全英3位、全米4位という大ヒットを記録。「The Spirit of Radio」はこの路線の代表格とも言うべき名曲で、約5分の長さの中にポップさと高度な技巧を凝縮したもの。他にも「Freewill」や「Entre Nous」といったコンパクト化されたプログレが収録されている。「Natural Science」は3部からなる組曲であるが、長さは9分程度でありこれまでの大作志向と同列に扱うにはやや短い。

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そして1981年の『Moving Pictures』は彼らの最高傑作と呼ばれることの多い作品で、前作で確立したスタイルを引き継いでいる。全英3位と全米3位を獲得し彼らの最高売上を更新、そのスタイルが完全に世間に受け入れられたことを示している。「Tom Sawyer」は「The Spirit of Radio」ほど明確なポップさは持っていないが、短い尺に凝縮された高度な技術が爆発する名曲。また「YYZ」はインスト曲で、彼らの持てる技術の結晶とも言うべき曲。またこの曲はグラミー賞のベスト・ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンスにノミネートされた。シングルカットされた「Limelight」や「Vital Signs」のようにポップ性を兼ね備えた曲も収録されているが、「The Camera Eye」のように11分を超える大作至高の曲もある。とはいえ「Cygnus X-1」のような複雑性は持っておらず、シンプルが目指されたこの時期の曲としても違和感がない。「Witch Hunt」は以降続いていく"Fear"シリーズの第3部。なぜかPart 3が1番最初にアルバムに収録されている。

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1982年の『Signals』以降はシンセサイザーや電子楽器が取り入れられたスタイルへと変化していく。冒頭の「Subdivisions」からしてシンセサイザーの要素の濃さが分かる。これによってハードロックサウンドとプログレッシヴ志向が融合されたスタイルが和らぎ、前々作から強められたポップ性が目立つようになった。「The Analog Kid」や「New World Man」などシングルカットされた曲は軒並みヒットチャート入りを果たしたことからも、当時流行していたニューウェイヴに接近し、それが商業的には成功したことが分かる。「The Weapon」は"Fear"シリーズの第2部。
シンセが多用されプログレの要素(または雰囲気)を含んだロックを産業ロックと呼称することがあるが、Rushの場合はもともと本物のプログレでありその限りではない。

1984年の『Grace Under Pressure』はニューウェイヴ路線を継いでおり、最も制作に難航したアルバムの一つであると言われている。これまで共同でプロデュースを行っていたTerry Brownがプロデュースを外れたことが一つの要因である。ただしそのかわりLifesonは最も満足の言っている作品であるとの発言もしている。前作よりもギターの主張が強いが、それでもまた電子楽器の要素が多分に含まれている。ポップな要素が目立つ「Distant Early Warning」、「Red Sector A」はシングルヒットした。振り切れていた前作と異なり、中途半端にギターロックの要素を取り戻してしまったせいか、逆に違和感が強くなった印象を受ける。「The Enemy Within」は"Fear"シリーズの第1部。

1985年の『Power Windows』では再びシンセサイザーの割合が強まった。前作でやや後退したニューウェイヴ色が強まったことで一般的な評価も高まり、専門誌でも概ね高評価を得ている。ただその代わりにハードロック色はほとんど影を潜めてしまっているが、プログレ由来の複雑なリズムは所々で感じることができる。「The Big Money」、「Manhattan Project」、「Marathon」、「Territories」、「Mystic Rhythms」はいずれもUSメインストリームロックチャートで30位以内のヒットとなっている。

これまで続いてきたニューウェイヴ/ハード・ポップ路線は、1987年の『Hold Your Fire』でひとつの到達点に至った。さらに音楽性の幅を広げようという心意気が見え、集大成とも言うべき作品に仕上がっている。『Signals』以来シンセサイザーの使用割合が上がったり下がったりしているが、本作では再び減っている。とは言え今度はポップ性の追求に走ったのか、ハードロックやプログレからはまた遠ざかる結果となった。勢いのある曲もあるが、そのポップなサウンドのために爽やかで軽快という印象が濃い。女声ヴォーカルを取り入れた「Time Stands Still」や、ポップながらドラマティックな展開を見せる「Mission」などの佳曲が聞きどころ。